『神様、ボクをもとの世界に戻してください』(鈴木真弓著、河出書房新社)は、高次脳機能障害になった息子を支えた母の奮闘記

『神様、ボクをもとの世界に戻してください』(鈴木真弓著、河出書房新社)は、高次脳機能障害になった息子を支えた母の奮闘記

『神様、ボクをもとの世界に戻してください』(鈴木真弓著、河出書房新社)は、高次脳機能障害になった息子を支えた母の奮闘記です。話したことも憶えていない、突然キレる……。典型的な高次脳機能障害に苦しみながらも活路を見出します。

高次脳機能障害とは何か

『神様、ボクをもとの世界に戻してください』(鈴木真弓著、河出書房新社)を読みました。

20歳の青年が、スキー場事故で脳に損傷を負い幼児に戻ってしまいました。

病院のたらいまわし、家庭不和、自殺未遂などの困難を乗り越え、社会復帰を果たすまで8年間支えた実話です。

スキー場での大事故で奇跡的に助かったものの、いま、話したことも憶えていない、突然キレる……。

典型的な高次脳機能障害に苦しみながらも活路を見出す実話です。

脳卒中、溺水、一酸化酸素中毒などによる低酸素脳症、もしくは交通事故の脳挫傷などで、奇跡的に意識を回復したものの、脳に損傷を負った人が背負う障害を、高次脳機能障害といいます。

そうした大事故にあった場合、最悪のケースは

「死亡」(心肺停止、脳死)です。

実は、ほかでもない私が、11年前の火災で心肺停止でした。

『臨死な人々・死のすぐそばで生きる人たち』(みおなおみ、市井文化社)は、火災による一酸化炭素中毒で心肺停止した際の体験談
『臨死な人々・死のすぐそばで生きる人たち』(みおなおみ、市井文化社)は、火災による一酸化炭素中毒で心肺停止した際の体験談。搬送された大学病院の第三次救命救急病棟に入院した32日間は、“今日元気だった人が明日にはいない”日々でした。

心肺停止のうち2割が息を吹き返すものの、

一命をとりとめて「遷延性意識障害」になります。

遷延性意識障害というのは、3か月以上にわたって

  1. 自力移動不能
  2. 自力摂食不能
  3. 糞便失禁状態
  4. 意味のある発語不能
  5. 簡単な従命以上の意思疎通不能
  6. 追視あるいは認識不能

等の6項目を満たす状態にあるものをいいます。

要するに、自分で自分の身体や営みをコントロールできないことです。

まあ、嫌な言葉では「植物状態」とか「植物人間」などといいます。

実は、我が長男が火災受傷後は遷延性意識障害でした。

そこからさらに15%ぐらいが

「高次脳機能障害」まで「回復」します。

高次脳機能障害というのは、日常を自力で動けるものの、一部脳の働きに欠損を生じる状態です。

そしてそこからは、社会復帰に向けてさらに厳しいハードルがあります。

まれに、私のように、心肺停止から1ヶ月後に社会復帰することもありますが、それはめったにない奇跡なのでしょう。

もうひとつ、前提として知っておいていただきたいのは、子供の高次脳機能障害は、脱抑制、注意障害、記憶障害、遂行機能障害など、ADHDや自閉の所見を伴う、すなわち発達障害として扱われるということです。

知能指数70は支援学級に入れるかどうかのライン

さて、『神様、ボクをもとの世界に戻してください』は、20歳の息子さんがスキー場でのスノーボード途中の事故で急性硬膜下血腫ができたものの、開頭手術で一命をとりとめて、高次脳機能障害まで「回復」。

しかし、高次脳障害の後遺症は可視化しにくいため、「後遺症なし」とされるなど、医師を含めた周囲の高次脳機能障害に対する無理解があり、また「後遺症」と思われる物忘れや情緒不安定などに苦しみながらも、就職する(つまり社会復帰する)までを記したものです。

「郷は、いま話したことも、ご飯を食べたことも、もう覚えていない!」

「あのとき、死んでいればよかった。どうして、ボクが頼んでいないのに助けたの?」

切ないやりとりが随所にあり、リアリティを感じます。

本書によると、知能指数は70ぎりぎりぐらいのところなので「なんとかなるでしょう」と診断されたそうです。

70というのは、発達障害では支援学級に入れるかどうかのラインです。

それ自体、何でもなかった頃に比べて「知能低下」はあるのでしょうし、数字に現れる「低下」だけでなく、たとえば注意力散漫のような、数値化しにくい機能低下があるのが高次脳機能障害の特徴です。

だって、普通はIQが70あったら、食事をしたことぐらい覚えているでしょう。

一酸化炭素中毒を受傷した長男は、脳が広範囲にほぼ全壊し、知能は生後5~6ヶ月まで転落しました。

本書の息子さんよりも明らかに深刻な事態です。

それに対して、周囲の人は、単純に「失ったものは育て直せばいい」と言いました。

つまり、赤ん坊に、しつけや言葉を教えるように、また同じことをすれば、再獲得して回復できるのではないかとおもっているわけです。

たしかに、再獲得できるものはしていきます。

長男も、IQ50ぐらいまでは順調に回復しました。

しかし、「高次脳機能障害」というのは、たんに過去を失うだけでなく、「障害」が発生するのです。

つまり、再獲得の妨げになったり、知能とは別に様々な弊害(可視化しにくい後遺症)を伴ったりするのです。

そこが理解されにくいですね。

ただ、本書の息子さんは就職したのですから、ハッピーエンドのはずです。

が、それでも、『神様、ボクをもとの世界に戻してください』という悲壮なタイトルをつけたところが、私が同書に共鳴したところです。

つまり、神を怨んでいるところがいいと思いました。

前向きな気持を取り戻せるなら「ほしのもと」を怨もう

世間は結構無責任なので、

「死ななかったんだから不幸中の幸いじゃないか」

「就職できたんだからよしとしろよ」

なんていい方はよくあるし、もっと腹が立つものでは、

「神は乗り越えられる試練しか与えない」

なんていう人もいます。

ことと次第によりますけど、

ポジティブシンキングと称する綺麗事もたいがいにしろよ!

と、私は思います。

だったら、不運・不幸に抗えず、自殺したり心中したり、犯罪に転落したりする例はいったいどうなるんですか。

むしろ、きちんと乗り越えられる人のほうが圧倒的少数だと思います。

統計はないですけどね。

そして、不幸にして乗り越えられなかったとしても、それを「間違った人生」のようには描いていただきたくないですよね。

社会復帰に行き着くために、どれだけ大変か。

死ななかったから良かった、ですむような話じゃないんです。

では、高次脳障害に限らず、不運・不幸にあった人はどうしたらいいのか。

私は、心おきなく、天でも神でも仏でも、うらめばいいと思います。

ほしのもとを、大いに怨みましょう。

「大変だよな」「辛いよな」「でもまあ、人生こんなもんだろう」

結局、これが自分の人生なんだ、生きとし生けるものは前に進むしかないんだ、という悟りの心境になった時、はじめて自分の意思で人生を進めることができるのではないかと思っています。

どん底まで落ちてからの壮絶な社会復帰までの苦労というのは、そういうものなのです。

そのためには、自分の不幸の現実と向き合わなければなりません。

ポジティブシンキングで、ごまかすことは根本的な解決にはなりません。

これはもちろん、私の価値観なので、意見の違う人がいて構いません。

ただ、私はそうやって前に進んでいるので、「神に感謝」だの「○○に比べれば私はマシだからまだ幸せ」だのと綺麗事を書かない本書に、リアリティとシンパシーを感じたということです。

関心のある方は、ぜひ本書を手にとって見てください。

以上、『神様、ボクをもとの世界に戻してください』(鈴木真弓著、河出書房新社)は、高次脳機能障害になった息子を支えた母の奮闘記です、でした。

神様、ボクをもとの世界に戻してください -高次脳機能障害になった息子・郷 - 鈴木 真弓
神様、ボクをもとの世界に戻してください -高次脳機能障害になった息子・郷 – 鈴木 真弓

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